地元紙の第2、第4日曜日の教育欄に載っている公開講座「神戸発学」暮らしを支え、世界を見つめる。。。甲南大学知の散歩シリーズの27回目。理工学部情報システム工学科教授・田口友康氏が、このように述べていらっしゃいます。

 『情報科学は芸術の領域にも光を当てつつある。デジタル技術で音楽の「名演奏」を再現することで、人間は何を「上手な演奏」と感じるかの秘密に迫れるという。

 -コンピューターの演奏というと、いかにも人工的なものをイメージしてしまうのですが。

 「そこを何とかしたいと思ったのが研究の一つのきっかけです。たとえ全く同じ楽譜を使った演奏でも、人間の耳はその演奏が機械的か人間的か、素人かプロかを敏感に聞き分けられる。その感じ方の差の正体を知りたいわけです」

 -「上手な演奏」と人間が感じる、その条件は何かということですか。

 「そうです。一つ面白い例を挙げると、割合ゆっくりしたメロディーの次に音符の細かいメロディーが来るような場合、変化をつけずに正確なテンポで演奏すると、人間の耳にはかえって来るって聴こえることがあるのです。モーツアルトの曲の一部で心理実験をしたところ、メロディーが細かい音符に変わった所でテンポを5%速めた演奏を、大半の人が『正確な演奏』と感じ、さらに5%速めると『上手な演奏』と感じる、という結果が出ました。まず機械的に正確な演奏と、人間が『正確』と感じる演奏は違う。そして『正確な演奏』と『上手な演奏』の間にはさらに差があるわけです。この例はテンポの問題ですが、他にも音の強弱や音色などの時間的な変化も、人間は演奏の『表情』として感じ取ります。そうした変化が長短さまざまに重なったものが、演奏の『上手下手』の決め手になっているわけです」

(記事の中では、モーツアルト「ピアノソナタ ハ長調K545の冒頭の部分の4小節半が掲載されていますが。。。)

 ピアノ自動演奏 入力言語を開発

 -機械の手には負えない気もしますが。

 「ただ、その変化の一つ一つは案外単純なものです。そこで私が作ったのが、ピアノ自動演奏のための入力言語『MUSE』です。これはいろいろな変化のパターンを一つずつコンピューターに入力していけば、それらが重ね合わされて演奏データに反映される、いわば機械的な演奏に『表情』をつけるためのシステムです。この『MUSE』による演奏は、すでにいくつかの自動演奏のコンテストで最優秀賞を獲得しました」

 -名ピアニストの表現をコンピューターでまねしているわけですね。

 「名演奏を機械で分析しても、人間の耳が聴き分ける微妙な差までは計れない。得られるデータが複雑すぎるということもあります。それより、まず何か自動演奏でデータを作り、それを寄り『上手』に聴こえるように改良していく。そしてそのデータを見れば『人は何を名演奏と感じるか』がわかってくるわけです。他の芸術分野でもこの『複雑さにひそむ単純なパターンを読み解く』というアプローチで『芸術性』の秘密に迫れると考えています」

 「感性情報」に注目

 「これまで情報科学では、いかに正確に情報を送るかという送り手主体の考え方が主流でしたが、これからは受け手がどう感じるかの『感性情報』がより重要になってくるでしょう」と田口友康(たぐち・ともやす)さん。

 東京都出身。東京大学大学院数物系研究科修士課程修了、工学博士(東京大学)。(財)電力中央研究所、イリノイ大学計算機科学科客員研究員などを経て、1980年から甲南大に。知的情報通信研究所兼任研究員。文科省オープンリサーチセンター(ORC)整備事業「知覚情報と認知」チームで、音楽音響と音楽心理、情報の数理解析を研究。

 本文中で紹介した「MUSE」による演奏(MP3データ)が田口さんのホームページからダウンロードできる(<a href="http://www.is.konan-u.ac.jp/tag-lab/mp3.html">こちらから</a>)。チェス名人を負かすまでに発達したコンピューター、名ピアニストを負かす日も遠くはないのだろうか。』

 ウ~ン。。。そういえば、より速く演奏していたにしても5%の違いまで聴き分けられる人間の耳の凄い能力にも改めて驚いてしまいました。