音楽って素晴らしい♪

 音楽だけのことを綴っているわけではありませんが、音楽の素晴らしさが伝えられたらと始めました。大きく路線が変わることもしばしばですが、どうぞ宜しくお願いします。

2007年06月

『志を持った日本外交』

 今日付け地元紙の総合欄には、『時代を読む』と題した評論が載っていた。そして気になったのは“『自由と繁栄の弧』の意味”なる文字。記事をそのまま引用させていただきます。

 『ニッポンという弧状列島の北に位置する日本海。その遥(はる)か彼方(かなた)にユーラシア大陸が果てしなく広がっている。いま、列島から大陸に一本の「理念の橋」が懸けられつつある。横断橋の名は「自由と繁栄の弧」。

 戦後の日本は、超大国アメリカが差しかける安全保障同盟の傘に身を置いて慎(つつ)ましく暮らしてきた。そんな日本の外交が、初めて自らの志を語り、進むべき道を示そうとしている。

 日本が白い地球儀に描く「自由と繁栄の弧」は、ユーラシア大陸の向こう端、北欧とバルト三国を基点とする。そして中・東欧を横断し、グルジア、ウクライナ、アゼルバイジャン、モルドバから成るGUAM諸国に連なっている。さらにトルコ、中東のイスラム諸国を経て、かつて列強がグレートゲームを繰り広げた中央アジアに至る。そしてインド、ASEAN諸国をつき抜け、北東アジアに辿(たど)りついて日本海を望み、その長大な弧を締めくくる。

 同時多発テロに見舞われたアメリカは、ユーラシア大陸の外縁部に連なるこれらの国家群を「不安定の弧」と断じてきた。冷たい戦争が幕を下ろしても、この地域は圧制と貧困にあえぎ、それゆえ国際テロリズムの温床となっているとみなしてきたからだ。だが、日本は、経済大国となったその経験と智恵の限りをつぎ込み「不安定」という混沌(こんとん)を「自由と繁栄」に変貌(へんぼう)させたいと名乗りをあげた。

 新しい構想を練り上げたのは、麻生太郎外相率いる外交チームだった。右派の論客と見られていたこの人は、外相に就任すると、谷内正太郎外務次官と手を携えて、日本外交の理念を精力的に語り始めた。「中国の台頭を歓迎する」。続いて「中国、その民主的な将来」。それらの提言は、靖国問題で暗い坂道を転げ落ちていた日中関係に差しこむ一条の光となった。だが、その胸の内を読み取った者は国内にほとんどいなかった。ところが海外の東アジア・ウオッチャーたちは、麻生・谷内チームの采配(さいはい)をじっと見守り、スピーチに込められたシグナルを見逃さなかった。

 そして姿を現したのが、「“自由と繁栄の弧”を創(つく)る」と題された外相スピーチだった。続く「東は西へ、西は東へ」を経て、新しい構想は骨格を逞(たくま)しくしていった。日本外交が自らの言葉で理念を語った「自由と繁栄の弧」(幻冬舎)は、外交論集に編まれて近く出版される。日本外交の地理的視野をアジア・太平洋から一気にユーラシア大陸全域に広げたいー そんな思いがこの一冊ににじんでいる。

 従来の日本外交は、日米同盟、国連中心主義、アジア重視を三本柱としてきた。だが、日米同盟を外交の基軸だと言い募るあまり、東京・ワシントンの盟約が空気のように常にあると慢心してはいなかったかと麻生外相は言う。

 「日本の安全保障体制に安住して思考停止に陥ってはならんということです。安全保障同盟などというものは、ほんのちょっとしたきっかけで雪のように溶けてしまうと考えておくのがちょうどいい」

 それゆえ、日本外交の地平をユーラシア大陸にグーンと広げるきおとで、NATO(北大西洋条約機構)との絆(きずな)を一層確かなものにする。それによって太平洋と大西洋の双方からアメリカをがっちりと包み込むー。 これこそが対米同盟を揺ぎないものにすると麻生・谷内チームは思い定めているように見える。しかし、アメリカの対イラク戦争に一貫して付き従った日本から同盟の再構築の構想が示されるほどに、超大陸アメリカはいま、傷つき、のたうち回っている。この外交論集にも日米二国間の同盟の明日を拓(ひら)く戦略が示されているわけではない。イラク戦争を始めてしまったアメリカの躓(つまず)きはかくも深刻なのである。

 だが、外交とは実に奇妙な生き物である。日米同盟を超える構想を示しただけですぐさま手応えが返ってきた。真っ先に応じたのがプーチン大統領率いるロシアだった。ユーラシア大陸の外縁部に外交資源を張り付けていく日本の決意を目の当たりにしたプーチン政権の交渉姿勢は、にわかに真剣味を帯びてきた。やがては日ロの喉(のど)に刺さった小骨を抜く領土交渉にも新たな兆しが表れるだろう。

 外交ジャーナリスト 手嶋龍一 てしま・りゅういち

 NHKワシントン特派員として冷戦終結に立ち会い「たそがれゆく日米同盟」「外交敗戦」(新潮社)など執筆。ボン支局長、ワシントン市局長などを経て、2005年独立。ドキュメント・ノベル「ウルトラ・タワー」(同)はベストセラー。近著に「ライオンと蜘蛛の巣」「インテリジェンス 武器なき戦争」(幻冬舎)。4月から慶応大教授。外交ジャーナリスト、作家。』

 何と壮大なスケールなんだろう。やはり世界中の人々が手を携える。このことが貧困から立ち上がり、ひいては地球全体に『幸』をもたらすことになるはずだ。

『富裕層には安全な専用田畑』

 何か目を疑いたくなるようなタイトルを見つけてしまったのは今日付け地元紙の総合欄。『開放路線、急成長の裏で』とか、『拝金主義とモラル低下』とか、『ペットフードや練り歯磨きなど 中国製「危険商品」続々』 と怪しい文字が並んでいる。そのまま引用させていただきます。

 中国産の有害原料を含んだペットフードやせき止め薬による事故が各国で相次ぎ、米政府が現地査察を要求、中国製練り歯磨きも使用しないよう消費者に警告するなど、食品の“中国脅威論”が一気に強まってきた。風圧をかわすため中国政府は管理強化などの対策に躍起だ。しかし、問題の根は改革・開放路線でまん延した拝金主義による製造者のモラルの低下や、企業と癒着した地方政府の腐敗にあり、根絶は容易でない。

 偽物天国

 「農民が稲を植えたが芽が出ず、服毒自殺をしたが死ねなかった。助かったことを喜んだ妻と祝いの酒を酌み交わしたら2人とも死んだ」

 しばらく前に中国ではやった小話だ。稲も薬も酒も偽物だったというのがオチ。コメ、薬、酒の偽物は実際にはんらんしており、笑えない。

 海外で問題化し急速に関心が高まったが、中国では数年前から食品や医薬品の事故は日常茶飯事。中国の国際化が進んだ結果、ようやく光が当たったのだ。
 
 パナマのせき止め薬が問題化する直前の4月23日、胡錦濤国家主席は自ら「食の安全性」に関する専門家を招いた党政治局勉強会を開催しており、指導部の危機意識は強かった。輸出管理強化策などを早々に打ち出したのもこのためだ。

 心の荒廃

 だが管理強化は対症療法にすぎない。食の研究家で東京在住の陳恵運さん=上海出身=は「もうかりさえすれば手段を選ばないという今の中国の金銭至上主義、心の荒廃こそが問題」と憂慮する。自著“わが祖国、中国の悲惨な真実”でもモラルの低下が食品事故の背景にあることを警告してきた。

 中国は文化大革命で儒教などの伝統的価値観が破壊された。続く1970年代末から始まった故○小平氏による改革路線では、ルールが確立しないまま市場経済に突入、無秩序な拝金主義を招いた。その結果、食品に限らず偽物が社会にはんらんした。ブタの廃棄物でつくった肉まん、下水から抽出した油で揚げたパン、髪の毛を混ぜた偽しょうゆ・・・。例を挙げればきりがない。

 「中国政府は事件を高度に重視しており、調査班を工場に派遣した」

 パナマで約100人が死亡したせき止め薬の問題では、食品安全などを担当する中国の検疫当局が5月31日に緊急記者会見。「医薬品には使えない代用グリセリンだと購入側に説明していた」として中国企業に責任はないと反論した。しかし中国から出荷時の包装には「グリセリン」とうその表示をしていたことも明らかになった。

 庶民が犠牲

 「地方政府は工場と癒着して利益を得ているから十分に取り締まれない」と陳さんは、役人の腐敗も問題の背景にあると指摘する。

 「昔は輸出品には厳格な検査があったが、今は検疫当局も企業と癒着しており、危険な製品が海外へ流出しやすくなっている」と分析する。

 「自分の息子には外国製の粉ミルクを使っているわ」

 2004年には粗悪な偽粉ミルクで乳児12人が死亡した事件があったが、ある中国の外交官はこう打ち明ける。富裕層は「安全な食品」を買える。中央や地方の政府高官には、安全な食物を栽培する専用の田畑がある。危険な食品の最大の被害者は一般庶民だ。

 2001年には“プラスチックで光沢をつけた毒コメ”が問題になったらしい。広大な国の話だから監視の目が行き届かないとしても、古革靴を煮て牛乳を造るだなんて発想は一体どこからくるのだろう?

 大気汚染のことだって心配だから、自分の口に入るものは自分の手で。ということでしか防ぎようがないのかな?心無いほんの一握りの人の悪さのせいで真面目に生産活動をしている人にまで影響が出てしまう。これでは真面目にやってる方がバカを見る。

『真の「地方再生」とは何か』

 というタイトルに更に『夕張の破綻に踊らされるな』という副題が添えられていたのは、5月21日付地元紙の『21世紀の針路』。客員論説委員・内橋克人さんはこのように述べていらっしゃいます。そのまま引用させていただきます。

 『北海道の旧炭鉱町を見舞った財政破綻(はたん)と、それにつづく住民の悲惨は、いま全国自治体の間に「みせしめの夕張」となって、十分な効果をあげ始めた。
 
 「第二の夕張になるな」をかけ声に、住民への行政サービスは劇的に削(そ)ぎ落とされていく、東京発マスメディアの盛り上げる「夕張たたき」を真に受け、夕張市の放漫財政の当然の報い、と誤認する世論も国じゅうのものとなった。

 自治体財政が破綻すれば、夕張のように、地域にただ一つの公立総合病院も閉鎖に追い込まれ、入院患者は総退院。唯一の市民養護老人ホームも、図書館も美術館も市民会館も、休・廃止。住民税負担は爆発的にふえ、失業が追い打ちをかける。

 「全国最高の住民負担・最低の行政サービス」の不条理は18年もつづく。

 責任はどこにある

 「あなたの町も、いつ、第二の夕張になるか、分からない」

 国の仕掛けた「脅し」にせつかれ、いま全国自治体は「住民サービスの削ぎ落とし」、「公共の企業化」を競い合い、結果、ナショナルミニマム切り下げ競争に血相を変えている。

 だが、夕張は自らの放漫財政によって破綻したのか。「過ぎたる住民サービス」が自治体財政の破綻に繋がったのか。市民・住民に自己責任はあるのか。

 すべて「ノー」である。

 夕張の財政破綻は国によってもたらされたものだ。市の責任といえば、不適切な会計処理、バブリーな「新生・夕張地域おこし計画」の策定、情報公開の手抜きだろう。

 夕張市の今日をもたらしたものは、国の政策の帰結なのであり、さらに同市で大々的な観光事業に乗り出しながら、わずか4年、機を見てさっさと撤退し、巨額の尻ぬぐいを市に押し付けた民間資本などのほかにない。

 地方財政の専門家たちがまとめた“夕張 破綻と再生”(保母武彦ほか著・自治体研究社)は、夕張破綻の真因を?炭鉱閉鎖後の処理負担 ?観光・リゾート開発とその後の財政負担 ?国の行財政改革の夕張市財政への影響ーの3つに求める。

 「炭鉱閉鎖後の処理負担」でいえば、北炭はすべてを「ぶん投げて出ていった。残された市民が暮らせるように、市は炭鉱会社の土地、住宅、病院を買い取らざるを得ず、市営の住宅、浴場、水道、学校、道路など、閉山処理対策に583億円もの巨費を投ぜざるを得なかった」。これが、その後の市財政に重くのしかかったことはいうまでもない。

 「石炭から石油へ」を国策とするのであれば、その跡処理の責任は、どの先進国においても、地元の自治体に「おまかせ」でなく、国がとった。

 さらにバブルのころ、国がつくり上げた民活型「リゾート法」が全国にリゾート乱開発を生み出した。石炭に変わる雇用の場が必要な夕張にもその波は押し寄せた。

 リゾート法という「官の失敗」、開発資本の「民の失敗」、いずれのツケもいま「住民が担保」の地方自治体に押しつけられようとしている。

 「人間の指標」こそ

 景気対策の名でうたれた公共事業はその最たるものだ。90年代不況下、公共事業の75%までが地方自治体の実施に負っていた。国から協力を要求された全国の自治体は、財政を主として起債でまかなうほかになかった。国の指定さえ受ければ、自治体の借金であるはずの地方債も、いずれ地方交付税の増額という手法で充当してもらえる。地方はこの好餌に釣られて不況下にハコもの(建造物)、スジもの(道路)、ヒラバ(地方空港)づくりに精を出した。

 追い詰められる地方財政の詳細を検証すれば、国の「浪費の代行」を強いられた地方自治体、その仕掛けとしての「集権型財政制度」のからくりを見抜くことができる。
 
 自らの失敗には頬(ほお)かぶりで押し通す強権的な「国の指標」の優等生になって、真の「地方再生」はあるだろうか。地方の豊かさを生むものは「人間の指標」のほかにない。

 貧富の差、居住地域のいかんに左右されず、人間発達に必要な基礎的教育、失った健康を取り戻す医療、社会環境を守るに十分な行政サービス、豊かな老後の保障ーこの国に生きるすべての者が「平等」に享受して当然とされる権利の概念を、もう一度、地方から立ち上げる。その先にこを「住民にとっての地方再生」は可能なのではないか。

 私達は「みせしめの夕張」に踊らされてはならない。』

 ここに来てまるで降ってわいたかのような年金問題。急ぐべき対策の順序が余りにもちぐはぐな気がするし、闇にまみれてとんでもないことが起きそうな気がしてならない。
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