12月17日付地元紙の第一面に『21世紀の針路』が載っていて、大好きな内橋克人さんが述べられていたタイトルが『「虚」が「実」を振り回す』で、『サブプライム問題の本質とは』と副題が付いている。そのまま引用させていただきます。

 『年の瀬が近づくにつれ、世界の経済不安は高まっている。12月12日には、ついに欧米5つの中央銀行が協調して、短期金融市場に大量の資金を供給する旨の緊急声明を発表せざるを得なくなった。いうまでもない、引き金を引いたのは米サブプライムローンの破綻(はたん)である。すでに多くのニュース、論評がメディアを飾った。

 けれども、この異形の住宅ローンに仕組まれた「経済的不道徳性」について、いまなお鋭く迫る言説にほとんどお目にかかることがない。ローン破綻にとどまらず、世界を覆うマネー資本主義の病理を見過ごすー世界は二重の不条理に撃たれている。

 住宅をあがなうに足る所得がない、過去にクレジットの支払いを滞らせたなどの経歴をもつ、信用力の低い層をサブプライムと呼ぶ。高い層がプライムである。

 その不道徳性に目を

 貧富、所得の高低を問わず、マイホームへの夢は生活者に普通のものだ。数十年も前からアメリカでは低所得者に住宅を、と多くのボランティアが活動してきた。プライベート・ノン・プロフィット・デベロッパー(NPD)と呼ばれる民間非営利事業もその一つだ。

 1980年代、かのレーガノミクス(レーガン政権下で展開された新自由主義的経済政策)のもと、低所得者向け住宅政策は無残に切り捨てられた。ホームレスの激増がそれに続く。60年代に生まれたNPOが全米にひろがりをみせたゆえんである。

 こんにちでは、低所得層に低利でローンを貸し付ける非営利の「地域開発金融機関」(CDFI)は全米に8百を数え、社会貢献の長い歴史を刻んでいる。

 問題のサブプライムローンはそこへなだれ込んだ。世界の“カネ余り”を好機とし、低所得の人びとを利潤追求のお狩り場とする金融機関が雨後の筍(たけのこ)のように生まれた。ブッシュ政権はIT不況からの景気回復策を不動産バブルに託し、米大手金融機関が背後から後押しした。

 経済的不道徳性とは何か。
 
 まず、サブプライムローンに特化するそれら業者に連邦政府の規制が及ばない、逆にプライムローンの領域には厳しい監査・規制の網がかかる。本来は逆でなければならない。

 次に、ローンの返済条件に施された巧妙な細工がある。当初2~3年は低い利子。その後、突如、支払利子がハネ上がる。ラジカルな変動金利(プライムは固定金利)について、業者は「利子が上がるまでにはこの家の評価額が上がる。差額を担保にまたおカネが借りられる。好条件のローンに乗り換えてもよい」などと売り込む。一人の借り手に何度もカネを貸し、手数料を稼ぎまくった。ひとたび住宅価格が下落に転じたなら、その瞬間、システムそのものが成り立たなくなる。初めから自明の理であった。

 そして何よりも、ローン債権について、まるで化学変化でも起こすように手を加え、全く別ものの金融商品に仕立てなおす作業を繰り返したことだ。

 苦悩するものづくり

 すなわち?融資した資金(債権)はただちに証券化し市場を通じて他の金融機関に売り払う?購入した金融機関はローン資産を複雑に組み合わせ、さらに証券を発行する(住宅ローン担保証券)?この証券を裏付けにさらに新たな証券をリスク別に組成して世界にばらまく(債務担保証券)?これらの証券に投資した投資家・企業はそれを担保にコマーシャル・ペーパーを発行して金融市場から現金を調達し次なる運用に振り向ける?これら証券化商品に投資する「特別目的会社」(コンデュイット)を租税回避地に設立して課税を免れる。最大手のシティ・グループなどはケイマン諸島にこれを設立し、実際の資金運用(簿外)はロンドンで行っていた。

 この循環た停滞すれば、偽装ミートされながら、何が、どこに、どれだけ混ざっているのか、腐肉の見きわけもつかなくなる。金融高額の粋を集めた「虚の経済」モデルである。

 いま、サブプライムローン破綻で世界のマネーは身を翻し、錬金術の仕事場を急ピッチで原油、穀物、希少金属など商品先物取引の領域に移動させ始めた。こうしてガソリン、灯油、食品、飼料・・・生活必需品の高騰に拍車がかかる。ものづくりの現場は苦悶(くもん)する。

 タイ・バーツに始まったアジア通貨危機から10年、「虚の経済」が「実の経済」を振り回す構図は進化の度を速めている。金融節度(マネタリー・ディシプリン)を失ったマネー資本主義に未来はあるのだろうか。

 (うちはし・かつと=評論家)』

 庶民は宝くじに夢を託し、「諭吉さんは友達のいらっしゃるところしか好まないようだ」と半分あきらめ、それでも毎日の仕事にあくせくしている。世界の経済情勢にも目を向けていないと、とんでもないことになりそうだ。いつも犠牲になるのは庶民ばかり。「虚」が「実」を振り回すなんてことはそろそろ止めにして欲しい。