『ハイテク社会の中でも便りになるのは人間である。あの日が近づくと、それを物語るエピソードを思い出さずにおれない。14年前の震災当日、日本銀行神戸支店で起きたことである◆未明の激震に支店も混乱を極めた。割れた書棚のガラスが室内に散乱。職員席は倒れた鉄製棚の重みで押しつぶされ、自家発電装置の不具合で日銀本店とのコンピューター回線も完全に遮断された。「営業できるのか」とだれもが顔色を失った◆金融機関への現金預払業務をつかさどる日銀。その開店が少しでも遅れると、企業や市民への金の流れが滞り、パニックに陥る恐れもあった。午前7時すぎ、当時の支店長は「何としてでも平常通り午前9時に開店するんだ」と声を上げた◆本店との電話回線をつないだまま現金供給などのサポートを要請。被災地の金融機関に「日銀は大丈夫」とのメッセージを発信し続けた。定刻の開店は、困難に直面しても業務を遂行するという日銀の意志の表れだった◆準備が整い玄関前に職員が整列したときトラブルが発生した。停電で電動シャッターが動かない。「手動に切り替えよう」。職員がクランクを探し当て懸命に回す。午前9時ちょうど。金融の砦といえる日銀の厚い扉を開いたのは一本のクランクと人の力だった◆映画「ジュラシック・パーク」は遺伝子工学の暴走を描いたが、サブプライム問題に端を発した世界不況では、ハイテク社会が生んだ金融工学の暴走の一面も指摘される。問題の性質は異なるとはいえ、人間が制御できない社会の危うさ。今に新たな問題を投げかける。』

 『人間が制御できない』という部分に恐怖を感じてしまう、今朝の地元紙だった。

 兄に声をかけて、実家でそれこそ○3年ぶりの成人式。当時、私が高石市、兄は洲本市での成人式だった。母は私の晴れ姿のために前日から泊りがけで高石市へきてくれた。母一人での移動は、私が郵政研修所を出て以来のことだったかな?

 たまたま実家へ集まることになったのが良かったと思うのは、昨夜からホットカーペットの調子が悪いとのこと。違うものに敷きかえることにして、掃除やら片付けが始まった。大人が二人居れば簡単な作業。

 土曜日辺りから急に寒くなって昨日より今日の方が沢山雪が舞っている。これで母も少しは暖かく過ごせるかな。足元が不如意な上目も怪しいとあって、炬燵布団を。というわけには行かず、母はひたすらホットカーペットで頑張っている。段差とか、足元の悪いようなものは並べられないが故のことながら、ちょっとだけ二人で親孝行できたのかな?

 避難所生活を強いられるということはなかった私たち。防寒に対する工夫はあらゆることが考えられるだろうけど、やはり一人は一人。家族が集まってこその温もり。みたいなものがあるのかな。機械よりもやはり人間。そんな思いで引用させていただきました。